ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第9番イ長調作品47 ”クロイツェル”
フランク:ヴァイオリン・ソナタイ長調
ジョコンダ・デ・ヴィトー[ヴァイオリン]
ティトー・アプレア[ピアノ]
EAB-5020
SERAPHIM COLLECTORS SOCIETY RECORDS
1973年8月新譜として発売された東芝コレクターズ・ソサエティ・レコードシリーズ(第3回)全七枚の内の一枚である。綺羅星のごとく並ぶ同シリーズの名盤のなかでもひときわ光芒を放つ弦楽ファンにとって正に随喜の涙溢る復活盤であった。デ・ヴィトーによるクロイツェル・ソナタとフランクのソナタの名演奏のカップリングとは全く夢かと許りに驚嘆したものである。またLPを裏返さずともそれぞれの作品を全曲通して鑑賞できることから盤悦の一刻に水をさされることがない。英国HMVオリジナル盤はそれぞれの作品がLP一枚(フランクは10インチ)に収録されていた。
まず発売時の「LP手帖」誌上における秋山龍英氏の新譜評を書き写させて頂こう。
「デ・ヴィトーの二つのソナタで、このなじみの少ない奏者の演奏を聞いていると、ヴァイオリンという楽器のもつ激しさに驚かされるのだ。むかし、悪魔の代名詞にもされたこの楽器のもつ表現力を、この演奏を聞いていると感ぜずにはあれぬ。いわゆる巨匠といわれる奏者の弦の美しさとか、響きとはちがって、暗く、重たい音が、またここでは引きずり込むような魅力となっている。何かこの人の演奏を聞いていると悲しく、エリを正したくなるような厳粛さを感じる。戦前の演奏スタイルを感じさせながら、それが押し深められて時代を超えて私の胸にずしんと響いてくるのである。」
15年以上も昔のことになるがディスク・ユニオンがデ・ヴィトーの「クロイツェル・ソナタ」の特典復刻CDを作製したいとのことで、手持ちのHMV盤を貸出すとともにライナー・ノーツを執筆したことがあった。その際、引用した外誌や数多くの資料のなかからまず《The Gramophone》誌の新譜評(1956/2)の一部を次に孫引きしておこう。
『これは真摯で極めて素晴らしい解釈のクロイツェルである。デ・ヴィートとアプレアは賞賛すべき明澄かつ古典的なスタイルでアンサンブルの妙を示し理想的な共演となっている。この感動的な共演にはひときわ優れた録音バランスの寄与するところも大きい。どのような観点から判断するにせよこの録音は実に素晴らしい。現在いくつもの手強い競合盤(ロスタル、ハイフェッツ、フックス、フランチェスカッティ)があるにせよ評者はこのクロイツェルの録音盤を強く推奨したい」。
また英国のヴァイオリン専門誌《The Strad》(1977/7)誌であるが『彼女のヴァイオリンを演奏を特徴づけるのはその情熱的な集中力による表現であり、それはその情熱が十分統御されているのだという満足感を聴き手に抱かせるよう常に古典的な抑制により程よく緩和されている。この特質こそグローヴ音樂事典が《Serene Graciousness》と書いているもので、シュワルツとのブラームスの協奏曲の録音に色濃く反映されているが、更に顕著に現れているのがティトゥー・アプレアとの共演によるクロイツェル・ソナタの録音である。このソナタの演奏は彼女の完全無比のイントネーションと完璧な技巧とともに豊麗で精妙な響きと無限の変化を有するヴィブラートという彼女の特質が最も大きく発揮されたものである。緩徐楽章の第二変奏における彼女のスタッカートのコントロールはまさに奇跡であり威容と優美さを湛えつつ曲全体を見事に構築している』とかなり専門的な知見を踏まえ分析し称讚している。
次に彼女のフランクのソナタの録音についてはとりわけ本邦の玄人筋によって次のやうに高く評価されている。
まず盤鬼西条卓夫、スークの同曲のLPが出た際に藝術新潮LP欄(1970/2)で「フランクは、ヴィートゥか。やや弱いが、澄明精緻で温かく奥ゆかしい」と記し、ヴァイオリン音楽評論家として名高い中村稔氏は「彼女は賢明にも、情熱をおさえ気味にした異色の解釈で、第三楽章では内省的なしみじみとした静止点的な安らぎのトランキルな表現を山場に置いて、信仰心の篤いフランクの修道士的な謙虚な人間性の内なる輝きを浮き彫りにしている(《ヴァイオリニストの系譜》昭63 音楽之友社)と、デ・ヴィトー独自の静謐で内省的な芸術性を讃え、先に惜しまれて逝去された諸井誠氏も好著《諸井誠のクラシック試聴室》の同作品の数多くの音盤を比較評価しつつ、デ・ヴィトーの録音について彼女のヴァイオリン藝術の真諦を喝破し「閨秀ヴァイオリニスト。ジョコンダ・デ・ヴィトーだが、このイタリア出身の名手がセザール・フランクを録音したのは55年、四十八歳の年で、非常に充実した内容の真摯な演奏を聴かせている。室内楽としての地味な演奏に徹しているが、表現は強靭で、彼女の音楽的言葉には強い説得力がある。名人芸をひけらかすタイプから最も遠く離れている音楽家なのである」と綴っている。
当LPは保存状態が良く、盤面は美麗で瑕らしきものは全く見当た足らず、念のため試聴するも両面ともクリック・ノイズの類は聴かれなかった。レーベル上にもカビ等はない。ジャケットに僅かに経年の汚れがに見られる。付属のオリジナルのオビも全く破損等ない(オビ裏に小さな記述の白ペン修正跡が見られる)。